ヒッグス粒子は見つかったか?

Post date: Dec 14, 2011 1:26:29 AM

昨日,CERN(セルン=ヨーロッパ合同原子核研究機関)で行われている,LHC陽子陽子衝突実験の二つのグループATLASとCMSから

ヒッグス粒子探索の最新結果が発表された。

ヒッグス粒子は素粒子の標準理論で粒子に質量を与える役割をもつ重要な粒子で,今から50年近く前にヒッグス博士が提唱し,

それ以来世界中の素粒子物理学者がその存在を追い求めている。今回の発表では世界最高エネルギーの陽子陽子衝突によって

得られた結果で,ATLASグループはその存在を98.9%の確率で,CMSグループは97.1%の確率で捉えたということだ。

こうなるとヒッグス粒子の存在はほぼ確実なのだろうか? ちょっと待った。。。

98.9%の確率で捉えたというとは,逆に1.1%の確率で間違えているということを意味している。CMSの結果は2.9%の確率で

間違えているかもしれない。日常生活では98.8%とか97.1%の確率であれば,ほぼ間違いないと考えるだろう。降水確率90%と

でたらその日は雨と思うのが普通だ。しかし,たとえばこんなことを考えてみる。全国の大学の授業で学生諸君が毎日実験に取り

組んでいる。その数は1000人ではきかないだろう。間違える確率が1%あると言うことは,1000人のうち10人は間違えた「発見」

をしてしまうと言うことである。これが毎日起こるのだ。全世界に広げると,この確率でおこる間違った発見の数は計り知れない。

なので,通常私たちは99%程度の確率ではあまり騒がない。「おっとっと」という感じで注目する程度だ。

ではなぜ今回,全世界の注目を集める形で発表したのだろうか。それには背景がある。

確かに実験だけではヒッグス粒子の有無を語るには不十分だろう。しかし,過去50年のいろいろな研究によって,素粒子の標準理論が

必要とするヒッグス粒子が存在するのであれば質量はこのくらい,(だいたい114ギガ電子ボルト~140ギガ電子ボルト),の範囲だろうと

いう予測があった。さらに暗黒物質のような素粒子の標準理論では説明できない現象を説明できるようなある種の理論では,このくらいの

質量のヒッグス粒子が適当だという考え方があった。今回の実験が示すヒッグス粒子の質量はまさにそれにぴったりだったのだ。

つまり,今回多くの素粒子物理学者が注目している理由は

「これまでの研究の積み重ねによる予想と新しい実験結果がびっくりするくらい合っている」

という背景が大きい。

似たようなことは以前にもあった,1995年にトップクォークという粒子がアメリカの加速器で発見された。そのときも実験グループの発表では

存在する確率は99.7%くらいだったのだが,はやりそれ以前の実験から予想されることと実験結果が良くあっていたために,多くの人が

その発見を信じ,さらにその後のデータの積み重ねでそれは真の発見となった。

一方で先日世間を賑わした,超光速ニュートリノは実験のみの精度は(グループの言っていること信じると)確定的と言えるくらい高い。しかし

これまでの相対論の検証を含む物理的背景と相容れないため懐疑的な人が多い。

これが私の考える昨日以来の状況だ。だがこの意味は大きい。

この発見が事実となれば,ヒッグス粒子が標準理論のみならず,標準理論を超えた新し物理学モデルの予想に適しているという

事実が非常に重要になる。私たちは暗黒物質(その存在は宇宙の観測から分かった)代表されるような,標準理論では説明できない

現象が自然界に存在することを既に知っている。そして,ヒッグス粒子の性質がそれに対する重要な手がかりを含んでいると考えてる。

それを明らかにするためには,ヒッグス粒子の性質を徹底的に調べる必要がある。実は今行われている陽子陽子衝突実験では

ヒッグス粒子の発見はできても,その次のステップとなる詳細な性質の特定はできない。陽子はそれ自体が複合粒子であるので,

その反応から素粒子どうしの素過程を調べるのは難しい。そこで,そもそも素粒子同士の反応を精密に調べることができる

電子ー陽電子衝突型の加速器,国際リニアコライダー(ILC)の出番となる。

ILCではヒッグス粒子といろいろな素粒子の相互作用を精密に測定し,それが標準理論とあっているか,そこからずれているのか解明する。

標準理論以外の何かがあることは分かっているのだから,ヒッグス粒子の測定はそれと直結している。

すなわちILCは標準理論の次のステップを発見し,宇宙創生の謎にせまる発見マシンなのだ。

(発見マシンという言葉は東北大のILC-Tohokuのfacebookページから引用です)

というわけで,今回の発表は,ヒッグス粒子の発見とはいかない。しかし

過去何十年にもわたる実験,理論両面からの素粒子物理学研究と宇宙物理学研究を踏まえた観点からみると,

将来の可能性を示す重要な情報が含まれている。

1年後にはヒッグス粒子発見の朗報をききたいものだ。